2009年01月16日

♪:同居記録:116

☆2009.1.16。・・ネ、あの空の所までどのくらいあるんだろうね。と母。

「うー、寒い。もう、今日は私は学校には行かんよ」、と母。「学校をサボると回りにいろいろと言われるし、第一、我が家よりもアッチのほうが暖房が入ってポカポカさ」、と私。兎も角、母を誤魔化して車に乗せ、今日も元気にデイに出発。「あア、空気は冷たいけど、よく晴れて空の色が気持ちいいね」、と母。
「ホラ、大久保ではこんな日には洗濯物に糊をつけて何とかいう長い板に貼りつけて乾かしていたよね」、と私。
「私がね?・・うーん、そうだったかね」、と母。
「近所の農家では青海苔を取ってきて玄関先に縄張って乾す家もあったさ」、と私。
「あア、青海苔ね。昔のこの時期の農家の人はする事がなくて、海に行ってコンブとったり、青海苔やモズクをとったりしている人の姿を見た事があるよ」、と母。

ずーっと話をしていると、母は歌が浦に住んだ頃の事を、私は伊万里市に住んだ頃の話をしている事に気づくのです。でも、母はいずれの時代にも母のそばには私が居たような認識で会話をしているようなのですが、そんな事はどうでもいいんです。時間がゆったりと流れていた頃の日本には各地でいろんな共通した風景があったもんです。

「尚宏、ここからあの青い空までってどのくらいあるんだろうね」、と母。既に記述したいつもの会話です。「空って言っているけど、あれが宇宙さ。本当は真っ暗闇なんだけど、太陽の光が地球を照らす時に空気の層で乱反射を起こして地上に降り注いでいて、それを地上からみた時には真っ暗な宇宙が今の時間は青に見えているだけで」、と私は答えたいのですが、今の母にその話を理解させるのは無理。今の母は長い話をするのも聞くのも苦手です。

母は、宇宙・空・太陽・真っ暗・・と、話が長くなってくると自分が理解する言葉だけしか聞いていないんです。・・、話の流れに沿って筋を理解できません。・・というより、自分の最初の質問自体を忘れるようになっているんです。そこで、次のような会話に持っていくのです。
「あのさ、空気がある部分を大気圏と言ってね」、「ふむ、ふむ」。
「その空気の層を越えると無重力という状態があってさ」、「ん??」。
「無重力とは重さがなくなるという現象さ」、「ふむふむ」。
「その無重力の状態では人間の身体がフワフワと浮くのさ」、「ふむふむ、そうかい、へーッ」。
「だから、多分、そこでは身体の節々が痛いという事はないのさ」、「へーっ、それはいいね。行ってみたいね」。…、このように短い言葉で伝えるようにすると、結構な会話が成立します。

「・・で、お前は行ったことがあるのね」、と母。
「ないさ」、と私。
「行った人の話によれば、だろう」、と母。
「そりゃ、そうさ」、と私。
「その人は膝や肘が痛かったのだろうかね・・」、と母。
「そんな病気持ちは宇宙には行けんさ」、と私。
「病気の人も宇宙に行ったらいいのにね」、と母。
母の骨折した右手のギブス。もうすぐ外れます。よく頑張っています。あと1ヶ月で96歳になる今朝の母でした。

♪:ホッホ

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